東亜戦争の功罪
 東亜戦争における侵略性は日本も欧米諸国を同罪である。そして日本がこの戦争を起こしたことでアジア諸国が開放されたのも事実でもある。では何故欧米諸国と日本の罪が違うのだろうか?「やむにやまれず戦争を起こした」「欧米列強からアジアを守る」これはよろしい。
 大義名分は他国それぞれであろうからだ。ではなぜか。これはひとえに侵略、植民の仕方である。そして無謀な戦争をしたのちに敗北したからである。だいいちに植民か属国化させる為に他国に攻め込んで民間人を虐殺してどうしますか!
 相手を従わせるのは力と敬意であり、力とは経済力と軍事力である。軍事力において彼我の差を強く感じるのは自分たちの一番強い力よりも強いことを証明されることであり、断じて自分たちの弱い部分を強い力で押しつぶすことではない。自国の民間人を相手国の軍事力が駆逐していく姿を見れば、その国に敬意や畏怖をもつことがるだろうか?ただ憎しみを増すだけであることは明白だ。
 各国に批判されている対象が正当性ではなく方法であるということを強く認識することを忘れている。各国と意見にズレがでて当然ではないだろうか?

戦争責任
 自国の存亡を掛けた戦を断行し、あまつさえ敗北を期したのだから立案、指揮した人物が断罪されるのは当然である。
 その時の天皇陛下が責任があるか否かであれば、もちろんある。では何故あれほど罪に問われていないかと言えば戦争に最後まで反対をしており、終結に尽力をつくし、他国に自分の身柄を渡し責任の矢面に立った事を各国が評したからに他ならない。負けたのは時の運と勝敗の計算もせず戦を行った人々と同列に扱うのはいかがなものだろうか?